文章が書けない(前編)

2021_11_22

文章を書くことが昔から苦手だった。

大学は、文系学部卒だが、受験する大学を決める際には小論文のない学部を選んだ。

小学生のときのことで、覚えていることがある。何の授業だったかは覚えていない。社会科だったろうか、身長近くある大きな模造紙を使用して、新聞を作るというワークをしたことがあった。厄介だったのは、この手のワークをするときは、グループワークでやることが多いのだが、このときは個人ワークだったということだ。グループワークであれば、自分が文章を書けないことをクラスの人間に知られることはなかったろう。4~5人のグループであれば、誰か一人は、いや、だいたいの人が書ける。それで、一つの新聞を作るので、自分が文章を書けないことを知られずに済む。しかし、個人ワークとなれば、ごまかしようがない…。

「おいおい、先生さんよー、こういうところからいじめが始まるんだぜぇぃ。これがきっかけで、いじめられるようになったら、どうしてくれんだよ。」

と、当時思ったかどうかは忘れましたが、とりあえず、自分が文章を書けないことは分かっていたので、「どうしよう…。恥をかきたくない」ということで頭がいっぱいだった。いち生徒のそんな思いを先生が知る由もなく、無常にもワークが始まった。何を書いたらいいのか分からず、どんどん時間だけが過ぎていく。残り時間が少なくなったところで、白紙じゃまずいということで、無理やり書いた。何を書いたかは覚えていない。そうして、2コマ程度のワークの時間が過ぎた後、4人づつだったろうか、前に出て、マグネットで黒板に作った新聞を貼り出し、一人づつ発表をしていった。

ほとんどの子は、紙面を3~5つのブロックに分けて、異なるサイズの文字や色が使い分けられていて、小学生でもこれだけのものが書けるのかと、同じ年齢の小学生に感心したのを覚えている。自分の作ったものと言えば、スペースを埋めるためにわざと大きくした字が、白地の大きな模造紙にただ並んでいるだけだけだった。 

自分の番が回ってきて、発表をした。幸いなことに、誰かに笑われるということもなかったが、40人ほどのクラスでも、一番幼稚な作品だったんじゃないだろうか。

大学を卒業して、社会に出てからは、この「文章書けない問題」に悩まされることはあまりなかった。自分がいた職場では、むしろ長い文章は良しとされず、数字、グラフ、図、写真に簡潔なコメントがついた、直感的に相手が理解できる資料が好まれたからだ。これが自分にとっては好都合で、文章を書くことをせずにずっとやってきてしまった。

でも、あるときから、文章を書けないとまずい、ということを何となく感じ始めた。

続く…

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

  • カシワさんこんにちは❢
    友達から面白いブログがあるよって教えてもらい遊びに来ました。

    文章書く事への苦手意識、私もあるので凄くすごく共感しました。
    「お願いだから当てないで~神様仏様~」って小さい時に何度思った事か・・・

    これからもブログ楽しみにしてます。

    • カワウソさん、こんにちは。
      ご訪問ありがとうございます。

      あ~、これ、思ってました、私も…。
      私は音楽がからっきしダメだったので、音楽の時間に鍵盤や縦笛を吹かされるのが苦痛で仕方あませんでした。
      ひょろろ~、と情けない音を出していたと思います。

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